• Naoko Moller

死んだらここへ

実家のお寺は新潟県南魚沼にあります。毎回日本へ行くと、必ずお参りをしてくるのですが、ここ数年、自分の中で、お参りにいく目的が一つ増えた気がします。


境内からみる山門

自分が死んだら、やはり生まれたこのお寺に帰りたい、帰してもらいたいと思いで手を合わせてくるようになったのです。


八海山龍谷寺 本堂 

数年前、東海岸に住む夫、ジェイのお母さんが他界した時に、義父が「葬式はしない、子ども達もわざわざ来なくてもいい、遺体は火葬して、納骨堂に入れておく」と言い、西海岸に住んでいる子どもたち行く事もなく、心の中でお別れしたのでした。



仲がとっても良い家族であるだけに、驚きました。仲が良いと言うことと家族の死に対しての弔い方は関係ないのか。


民族の違い、文化の違い、宗教の違い、考え方の違いでしょう。

私の親族に「葬式はしない、お花も香典もいらない」とそ伝えたら、

「え、それでいいの?」と、どう対応していいのかわからないようでした。



その後、ハワイの義理姉が亡くなり、一ヶ月後に参列者500人以上の盛大なお葬式となりました。生前、和太鼓のグループを切り盛りしていた義姉は、常々、「コンサートのようなお葬式がいい」と言っていたこともあり、その望みがかないました。悲しいけれど、楽しい、心に響くお葬式でした。




夫、ジェイにいたっては、「自分が死んだら、お骨はその辺に撒いて」と言います。

「とんでもない!そんな事はできない。だいたい、ジェイが死んだら、そのあとは私が判断するわけで、お骨をその辺に撒くなんて、とんでもない」、と私。(笑)


こんなやりとりがあり、自分が元気なうちに、どうしてもらいたいか、意思表示をしておこうと思う今日この頃なのです。




で、話はもどり、私とジェイの終の住処として、新潟県魚沼の生まれたお寺、八海山龍谷時の寂光塔に入れてもらうことを決めました。


「ここなら、子どもたちも会いにきてくれるしね、いいでしょ〜」と言うと、

「えっ?死んだ人に会いにいくわけ?」と怪訝そうな夫。(汗、笑)


寂光塔 

そして、「まあ、直子がよければ、それが一番」と最後はいつもこの一言。



子どもたちにも一応、お伺いと立ててみたら、「新潟、いいんじゃない?」ということでした。


これで、一つ肩の荷がおりた私です。


引き続き、一日一日を大切に、楽しく過ごしていきます。


平成が終わり、新しい時代を迎え、少し立ち止まり、整理整頓ができたことを快くおもいます。



あ、令和の初日、娘が正式に婚約しました。おめでとう〜〜